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神戸地方裁判所 昭和62年(ワ)1400号 判決 1989年9月27日

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告大成火災海上保険株式会社(以下「被告大成火災」という。)は、原告に対し、金九三万七五〇〇円及びこれに対する昭和六二年一〇月八日から右支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告日動火災海上保険株式会社(以下「被告日動火災」という。)は、原告に対し、金一二三万円及びこれに対する昭和六二年一〇月八日から右支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告日産火災海上保険株式会社(以下「被告日産火災」という。)は、原告に対し、金一八七万五〇〇〇円及びこれに対する昭和六二年一〇月八日から右支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告は、昭和六一年一月二七日、被告大成火災との間に次のとおりの交通事故傷害保険契約(以下「本件保険契約(一)」という。)を締結した。

(1) 保険期間 昭和六一年一月二七日から昭和六二年一月二七日まで

(2) 保険種目 交通事故傷害保険

(3) 保険金 入院一日あたり金七五〇〇円、通院一日あたり金五〇〇〇円、但し、通院保険金の支払は九〇日を限度とし、かつ、事故の日から一八〇日までの範囲内の通院に限る。

(二)  原告は、昭和六〇年一二月一七日、被告日動火災との間に、次のとおりの団地保険契約(以下「本件保険契約(二)」という。)を締結した。

(1) 保険期間 昭和六〇年一二月一七日から昭和六一年一二月一七日まで

(2) 保険種目 団地保険

(3) 保険金 入院一日あたり金一万二〇〇〇円 通院一日あたり金八〇〇〇円但し、通院保険金の支払は九〇日を限度とし、かつ、事故の日から一八〇日までの範囲内の通院に限る。

(三)  原告は、昭和六一年一月二二日、被告日産火災との間に次のとおりの交通事故傷害保険契約(以下「本件保険契約(三)」という。)を締結した。

(1) 保険期間 昭和六一年一月二二日から昭和六二年一月二二日まで

(2) 保険種目 交通事故保険

(3) 保険金 入院一日あたり金一万五〇〇〇円 通院一日あたり金一万円 但し、通院保険金の支払は九〇日を限度とし、かつ、事故の日から一八〇日までの範囲内の通院に限る。

2  昭和六一年七月五日午後三時一五分ころ、兵庫県芦屋市茶屋ノ町二番二五号先路上において、藤田武(以下「藤田」という。)が運転し、原告が同乗する普通乗用自動車(以下「被害車」という。)が停車していたところ、後方から進行してきた寺谷有明(以下「寺谷」という。)の運転する普通貨物自動車(以下「加害車」という。)が、その前部を被害車後部に追突させるという急激かつ偶然な事故(以下「本件保険事故」という。)が発生した。

3  本件保険事故の結果、原告が被った受傷内容、治療経過及び後遺障害は次のとおりである。

(一) 受傷内容

外傷性頸部症候群、頸椎椎間板障害、両肩鎖骨関節損傷頭部外傷[2]型、胸腹部挫傷、右中手指関節挫傷、右手掌第五指右手関節損傷

ところで、本件保険事故の態様は、寺谷が、約三八・七メートル手前で被害車を認めながら、時速約三〇キロメートルに減速したのみで漫然と加害車を走行させたため、被害車に追突したというものであるが、寺谷がブレーキをかけた地点から衝突地点までの距離は約六メートルであり、時速三〇キロメートルでの空走距離は約五・八メートルであるから、被害車は、後ろからほぼ時速三〇キロメートルの速度のままで走行してきた加害車に衝突されたことになり、かかる衝突の態様・程度に照すと、右原告の受傷内容に何ら不自然な点はない。

(二) 治療経過

(1) 入院 神吉外科医院

昭和六一年七月七日から同年九月九日まで入院(六五日間)

(2) 通院 同医院

昭和六一年九月一〇日から昭和六二年二月二七日まで通院(実通院日数一二六日)

(三) 後遺障害

第三・四・五頸椎板内腔狭少化・第五腰椎仙骨間狭少化著しい。両手両下肢のしびれ感著しい。頸椎神経根刺激症著しい。バレリー症状著しい。眼精疲労あり。両下肢に力が入らない。めまい・たちくらみあり。頸椎及び腰椎に運動制限あり。

因に、以上は、自賠法施行令別表等級の一四級に相当すると認定されたものである。

4  本件各保険契約に基づき、被告らが原告にそれぞれ支給すべき保険金額は次のとおりである。

(一) 被告大成火災 金九三万七五〇〇円

(1) 入院分 金四八万七五〇〇円(一日金七五〇〇円宛六五日分)

(2) 通院分 金四五万円(一日金五〇〇〇円宛九〇日分<<事故の日から一八〇日以内の実通院日数は九一日である。以下同じ>>)

(二) 被告日動火災 金一二三万円

(1) 入院分 金七八万円(一日金一万二〇〇〇円宛六五日分)

(2) 通院分 金四五万円(一日金八〇〇〇円宛九〇日分の内金)

(三) 被告日産火災 金一八七万五〇〇〇円

(1) 入院分 金九七万五〇〇〇円(一日金一万五〇〇〇円宛六五日分)

(2) 通院分 金九〇万円(一日金一万円宛九〇日分)

5  よって、原告は、被告大成火災に対し、本件保険契約(一)に基づき保険金九三万七五〇〇円、被告日動火災に対し、本件保険契約(二)に基づき保険金一二三万円、被告日産火災に対し本件保険契約(三)に基づき保険金一八七万五〇〇〇円、及び右各金員に対するいずれも本訴状送達の日の翌日である昭和六二年一〇月八日から右各支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1の事実はいずれも認める。

2  同2の事実は知らない。

3  同3の事実は否認する。

加害車は、衝突時さらにブレーキを踏み込んで制動していたから、その速度が時速三〇キロメートルということはありえず本件事故の結果は、被害車両である原告所有の普通乗用自動車の後部バンパーが少し凹損しただけで、本来取り替える必要もない程のものであり、原告主張の如き内容の受傷が発生する筈はなく、受傷の程度も昭和六一年七月七日から二週間の加療で治ゆしており、したがって、原告主張の入通院の必要性もなかった。

4  同4の主張は争う。

前述の如く、原告には入通院の必要性が全くなかったのであるから、被告らに保険金支払義務はない。

三  被告らの予備的抗弁

仮に、原告が本件保険事故によって受傷し、入通院の必要があったとしても、本件保険契約(一)ないし(三)は、いずれも次の理由により解除された。

1(一)  本件保険契約(一)について適用のある交通事故傷害保険普通約款第一二条第一項には、「保険契約締結の当時、保険契約者、被保険者またはこれらの者の代理人が故意または重大な過失によって、保険契約申込書の記載事項について被告大成火災に知っている事実を告げずまたは不実のことを告げたときは、被告人大成火災は、この保険契約を解除することができます。」との条項があるところ、原告は、昭和六一年一月二二日、自己の交通事故による傷害について既に日産火災との間に本件保険契約(三)を締結していたにもかかわらず、同月二七日、自己の交通事故による傷害について被告大成火災との間に本件保険契約(一)を締結する際被告大成火災に対し、日産火災との間に本件保険契約(三)を締結していることを告げなかった。

なお、原告は、本件保険契約(一)の締結の際、被告大成火災の従業員である中小路容啓(以下「中小路」という。)に対して被告日産火災との間の本件保険契約(三)の存在を告知した旨を主張するが、中小路は当時一従業員にすぎず、被告大成火災の代理店ではないから、仮に中小路に対し告知をしたとしても、右告知は被告大成火災に対する告知とはならない。

(二)  そこで、被告大成火災は、原告に対し、同年八月一四日付翌一五日到達の書面をもって本件保険契約(一)を解除する旨の意思表示をした。

2(一)  本件保険契約(二)について適用のある団地保険普通保険約款第二章一般条項第三条第一項には、「保険契約締結後、この保険契約によって保険金を支払うべき損害または傷害に対して保険金を支払うべき他の保険契約を他の保険者と締結するという事実が発生した場合には、保険契約者または被保険者は、事実の発生がその責に帰すべき事由によるときはあらかじめ、責に帰すことのできない事由によるときはその発生を知った後、遅滞なく、その旨を被告日動火災に申し出て、保険証券に承認の裏書を請求しなければなりません。」との条項が、また同条第三項には、「第一項の事実がある場合には、被告日動火災は、その事実について承認裏書請求書を受領したと否とを問わず、保険契約を解除することができます。」との条項があるところ、原告は、昭和六〇年一二月一七日に被告日動火災との間に本件保険契約(二)を締結したのち、あらかじめ被告日動火災に申し出ることなく、自己の交通事故による傷害につき重ねて昭和六一年一月二二日には被告日産火災との間に本件保険契約(三)を、同月二七日には被告大成火災との間に本件保険契約(一)をそれぞれ締結した。

(二)  そこで、被告日動火災は、原告に対し、同年一一月一一日付翌一二日到達の書面をもって本件保険契約(二)を解除する旨の意思表示をした。

3(一)  本件保険契約(三)について適用のある交通事故傷害保険普通保険約款第一四条第一項には、「保険契約締結の後、保険契約者または被保険者は、重複保険契約を締結するときはあらかじめ、重複保険契約があることを知ったときは遅滞なく、書面をもってその旨を被告日産火災に申し出て、保険証券に承認の裏書を請求しなければなりません。」との条項が、第一七条第一項には、「被告日産火災は、第一四条に規定する重複保険契約の事実があることを知ったときは、その事実について承認裏書請求書を受領したと否とを問わず、この保険契約を解除することができます。」との条項があるところ、原告は、昭和六一年一月二二日に被告日産火災との間に本件保険契約(三)を締結したのち、あらかじめ被告日産火災に申し出ることなく、同月二七日、自己の交通事故による傷害につき重ねて被告大成火災との間に本件保険契約(一)を締結した。

(二)  そこで、被告日産火災は、原告に対し、同年八月一四日付翌一五日到達の書面をもって本件保険契約(三)を解除する旨の意思表示をした。

4(一)  原告は、昭和五六年ころ、東京海上火災保険株式会社との間に自動車事故損害賠償保険契約を締結し、昭和五九年一一月八日及び昭和六〇年一一月八日には、いずれも富士火災海上保険株式会社との間に右同種の保険契約を締結するなど、これまでに自動車事故損害賠償保険契約を数回締結しているのであるから、その際、保険契約者または被保険者に重複保険の告知義務及び通知義務があることについての説明を受け、右各義務について知悉していた。したがって、保険の種目は異るものの、本件の如き交通事故傷害保険契約においても同様の義務があることを当然知っていた。

(二)  仮に、原告が、重複保険契約の告知義務及び通知義務を知らなかったとしても、交通事故傷害保険契約及び団地保険契約の契約申込書には、告知事項記入欄があり、同一の被保険者について他の同様の保険契約がある場合には、その内容を記入するようになっており、保険契約申込み時には、右の通知義務及び告知義務を含んだ契約内容についての重要事項の説明書の呈示を受けているし、契約成立後、保険証券送達と同時に詳細な保険契約約款が送達されていることに鑑みると、原告には重大な過失がある。

なお、被告大成火災の従業員であった中小路が、重複保険契約をしても有効であるかの如き言辞を弄する筈がないし、仮にそのようなことがあったとしても、原告のその余の被告らに対する通知義務は何ら免除されるものではない。

(三)  ところで、普通保険約款において「他保険契約」の告知義務を定めていることの主たる趣旨は、重複保険の締結により、不法の利益を目的とする保険事故招致の危険が増大し、また被保険者から全体として損害額を上回る保険金を取得するという危険が生ずるところから、その防止のために保険者が「他保険契約」の存在を知る必要があるためであり、約款においては、契約者または被保険者にこのような告知義務、通知義務の違反があった場合には、保険者に当該保険契約の解除権を定めているのであるが、右解除権の行使については、これを制限的に解し、保険契約者等が不法な保険金の取得の目的をもって重複契約を締結するなどその保険契約を解除するにつき公正かつ妥当な事由がある場合にはじめて保険者が告知義務違反を理由として保険契約を解除し、保険金の支払を免れることができるとする見解がある。しかしながら、かかる見解によると、「不法な目的の有無」は、もっぱら相手方の内心の意思の問題であって、その立証は事実上不可能に帰し、結局、「他保険契約」の告知義務及び通知義務制度の実効を失わせる結果となるし、たとえ重複保険を有効としても、被保険者は実損をこえて不当に保険金額を取得することはないことが前提となっている車両保険等(商法六三二条及び同旨の保険約款)と異なり、本件のような傷害保険においては、被保険者は、全保険金額を取得することになるから、右見解は妥当でない。

(四)  以上のとおり、原告は、本件各保険契約について重複保険契約の告知義務及び通知義務があることを知っていながら、または知らなかったとしても重大な過失により、被告らに通知ないし告知をしなかったのであるから、被告らがなした本件各保険契約の解除はいずれも有効であり、被告らは、いずれも原告が本訴で請求する保険金を支払う義務はない。

四  抗弁に対する認否及び原告の主張

1(一)  抗弁1(一)の事実のうち、原告が、昭和六一年一月二二日、自己の交通事故による傷害について被告日産火災との間に本件保険契約(三)を締結し、同月二七日、自己の交通事故による傷害について被告大成火災との間に本件保険契約(一)を締結したことは認めるが、その余の事実は争う。

原告は、同月二七日ころ、被告大成火災の営業課従業員である中小路から、同被告の保険に加入するよう執拗に勧誘を受けたので、同人に対し、「被告日産火災の保険に入っているので、被告大成火災の保険には加入しない。」と断ったところ、右中小路は、さらに執拗に、「それとは関係なく被告大成火災の保険に加入できる。」と勧誘したので、原告は、被告大成火災との間に本件保険契約(一)を締結した。したがって、原告は、右のとおり、被告大成火災の従業員に対して既存の他保険契約の存在を告知しているから、被告大成火災に対する告知義務に違反していない。

(二)  同1(二)の事実は認める。

2(一)  同2(一)の事実のうち、原告が、昭和六〇年一二月一七日に被告日動火災との間に本件保険契約(二)を締結したのち、あらかじめ被告日動火災に申し出ることなく、自己の交通事故による傷害につき重ねて、昭和六一年一月二二日には被告日産火災との間に本件保険契約(三)を、同月二七日には被告大成火災との間に本件保険契約(一)をそれぞれ締結したことは認めるが、その余の事実は争う。

(二)  同2(二)の事実は認める。

3(一)  同3(一)の事実のうち、原告が、昭和六一年一月二二日に被告日産火災との間に本件保険契約(三)を締結したのち、あらかじめ被告日産火災に申し出ることなく、同月二七日、自己の交通事故による傷害につき重ねて被告大成火災との間に本件保険契約(一)を締結したことは認めるが、その余の事実は争う。

(二)  同3(二)の事実は認める。

4  同4の事実及び主張はいずれも争う。

原告は、前述のとおり、本件保険契約(一)を締結するに当り、被告大成火災の従業員である中小路から、「既存の被告日産火災との保険契約とは関係なく被告大成火災の保険に加入できる。」との趣旨の説明を受けたが、右説明は、即ち「重複保険契約には何らの問題もない。」旨の説明であるから、保険会社の従業員からこの様な説明を受けた以上、これを信頼するのは当然であって、原告において被告日産火災及び被告日動火災に対する告知義務が存在するとの認識を有すべきことを要求するのは無理であり、この点につき原告には悪意・重過失はないというべきである。

しかも、本件保険事故は、被告ら主張の重複保険契約とは何の関係もなく発生したものであるから、いずれにせよ、被告ら主張の契約解除権は発生せず、被告らの本件各保険契約の解除の主張は失当である。

第三  証拠関係<省略>

理由

一  請求原因1の事実(本件各保険契約の締結)は当事者間に争いがない。

二  次に、<証拠>を総合すれば、昭和六一年七月五日午後三時一五分ころ、兵庫県芦屋市茶屋ノ町二番二五号先路上において、藤田が運転し、原告が同乗する被害車が停車していたところ、後方から進行してきた寺谷運転の加害車が、その前部を被害車後部に追突させたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

しかして、右認定事実によれば、原告の同乗する被害車が加害車に追突された事故は、急激かつ偶然な外来の事故にあたることが明らかである。

三  次に、原告の傷害、治療経過及び入通院の必要性について判断する。

1  先ず、<証拠>を総合すれば、(1)原告は、本件保険事故に遭った翌日の昭和六一年七月六日、自宅近くの吉田外科医院で頸部に湿布をして貰い、翌七日、知人から紹介された神吉外科医院に赴き、同医院の神吉医師に対し、胸腹痛、悪心、嘔吐、呼吸時の著しい疼痛、上腹部圧痛、頭痛、頸痛、腰痛、下肢放散痛、両手の著しいしびれ感等を訴えて同医師の診察を受けたところ、頸部外傷[2]型、外傷性頸部症候群、腰椎椎間板障害、胸腹部損傷、両戸鎖関節損傷、右手掌右五指右手根関節損傷、右中示指関節損傷との診断を受け、直ちに入院を勧められたこと、(2)そこで、原告は即日入院し、以来投薬、注射、理学療法、介達牽引、頸腰椎固定(クビカラー及び腰椎用コルセット)による治療が継続された結果、原告は、同年九月九日、症状軽快により同病院を退院したが、なお、頸椎神経根刺激症状、バレリュー症状、腰痛、著しい下肢放散痛が認められると診断されて、同月一〇日から昭和六二年二月二七日までの間(実日数一二六日)神吉外科医院に通院し、その間前同様の治療を継続して受けたこと、(3)神吉医師は、昭和六二年二月二七日をもって、原告の症状が固定したものと診断したが、同医師の作成にかかる「自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書」(<証拠>)の記載によると、原告の他覚症状及び検査結果として、「頸椎神経根刺激症状、バレリュー症状著しく、ラセーグ症状あり、椎骨動脈循環不全症あり、立くらみ・眩暈あり、自律神経失調症状あり、いらいら症状あり、精神不安症状あり、不安神経症状持続す、第五腰椎-仙骨間狭少化あり、第五、六、七頸椎椎間腔狭少化著しい」との所見が示され、頸椎部及び胸腰椎部に運動障害が認められるとして、「頑固な神経障害のため、従来おこなっていた作業不能」と結論づけていること、また、同医師が本件各被告宛に作成・提出した各診断書(<証拠>)の記載によると、原告の後遺障害の内容として、「第三、四、五頸椎椎間腔狭少化及び第五腰椎-仙骨間狭少化著しい、両手下肢のしびれ感著しく、頸椎神経根刺激症状著しく、バレリュー症状著しく、眼精疲労あり、両上肢に力が入らぬ、眩暈・立ちくらみあり」との所見が示されていること、(4)原告は、本件事故による受傷により、自賠責保険後遺障害等級第一四級に該当するものと認定され、自賠責保険から金七五万円の支払を受けていること、以上の事実が認められる。

そして、認定の事実による限り、医学的には原告の入通院治療の全般にわたり本件保険事故との因果関係の存在が肯認されるかの如くである。

2  しかしながら、他方、前記二で認定の事実に、<証拠>を総合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち、

(一)  本件事故の態様は、加害車を運転していた寺谷が、時速約四〇キロメートルで走行中、自車の約三八・七メートル前方に停車中の被害車を認めたが、そのままの速度で進行し、被害車の位置から約二三・四メートル手前で、軽くブレーキペダルを踏んで時速約三〇キロメートルに減速して進行したところ、被害車の位置から約一〇・五メートル手前で危険を感じ、直ちに急制動の措置を講じたものの間に合わず、加害車の前部を停車中の被害車の後部に追突させたというものであるが、両車の損傷の程度は、加害車の前部バンパー及びボンネットが凹損した程度で軽微なものであり、他方、被害車も後部バンパーが凹損しただけの軽微なものであったこと、なお、加害車は、追突後被害車を約一メートル前方に押し出しているが、その原因は、当時雨天で、事故現場の路上が湿潤であったことに起因するものと考えられ、右(一)で認定のとおり、加害車は、衝突地点から約一〇・五メートル手前の地点で急制動の措置を講じたものであるから、空走距離の点を考慮しても(時速三〇キロメートルのそれは、約七メートルないし八・八メートルである。)遅くとも追突直前の約二メートル手前では制動の効果が現れ、追突時の速度自体は、時速三〇キロメートルよりかなり減速された状態になっていたものと推認されること、

(二)  また、被害車を運転していた藤田と同車の助手席にシートベルトを装着して同乗していた原告が、加害車の追突によって受けた衝撃の程度は、藤田において、被害車が停車後間もなくして後方で物音がしたのを聞き、さらに被害車が多少前方に出たことから、後方をふり返ったところ、はじめて加害車に追突されているのに気が付いたという程度のものであり、原告においても、被害車が停車後自己の身体にゆれを感じたので後方をふり返ったところ、加害車がおり、はじめて追突されたことに気が付いたという程度のものであったこと、そして、右両名とも本件保険事故直後は、身体のどこにも痛みを感じなかったので、当初、警察には物損事故の届けをするに止めていたこと、

(三)  しかしながら、その後、原告と藤田が神吉医師の診断、治療を受け、同医師作成の診断書を警察に提出したことから、本件保険事故は、人身事故として扱われるに至ったものであるところ、捜査機関に提出された右神吉医師作成の昭和六一年七月七日付各診断書の記載によると、右両名の傷病名はいずれも「外傷性頸部症候群、腰椎椎間板障害」であり、藤田については今後一〇日間の、原告については今後二週間のそれぞれ入院安静加療を要するというものであったこと、しかも、同医師は、原告が神吉医院を退院後なお同医院で通院治療中である昭和六一年一〇月二一日、西宮区検察庁の検察官からの電話による照会に対し、「藤田、原告両名の症状については、昭和六一年七月七日付診断書記載のとおりであるが、主因は両名の愁訴によるものであって、レントゲン検査の結果は異常なく、当初の病名でそれぞれ一〇日間、二週間で治ゆしたものと認める。」旨を回答していること、

(四)  神吉医師が、前記「自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書」等(<証拠>)で他覚症状及び検査結果として記載してある所見は、本来バレリュー症状として包括しうる症状の具体的中身が、漫然と、しかもこれらがあたかもバレリュー症状とは別個の症状であるかのようにら列されているうえ、これらはいずれも被検者の主観と相まったもので純粋に他覚的所見とはいい難く、むしろ自覚症状と見なしてもよいこと、また、医師である証人野村正行が、神吉外科医院で撮影された原告のレントゲン写真を検討した結果の所見では、神吉医師が指摘する「第五腰椎-仙骨間狭少化、第五、六、七頸椎椎間腔狭少化」についてはこれを認めることができないうえ、前記(一)、(二)で認定の本件保険事故の態様、衝撃の程度に照すと、本件保険事故によって、意識障害を伴う頭部外傷[2]型や、あらたに、頸椎あるいは腰椎の椎間板や狭少化とか椎間腔の狭少化をきたすような外力が加えられたものとは到底認め難いこと、

(五)  さらに、神吉外科医院での原告に対する治療内容をみると、同医院は、六五日間の入院期間中に、実に延べ約五〇種類の検査を施行しているところ、その中身たるや、本来重篤患者に対してのみ必要とされているものや、全く無意味と思われる検査が圧倒的多数を占めていること、また、原告の入院中と退院後における症状及び治療内容を、神吉医師の診断書の記載によって比較すると、入院中も退院後も一貫して、ほぼ同一内容の症状が発現し、これに対する治療の内容は、ほぼ同一種類の治療が繰り返されているものの、退院後の治療における投薬、注射の量、回数は、入院中のそれと比較して激減しており、退院後の治療としてはもっぱら理学療法のみが引き続き行われていたものと考えられること、

(六)  なお、原告は、昭和五六年一一月一六日ころにも追突事故に遭い、鞭打ち症に罹患し、昭和五七年五月三一日ころ、自賠責保険後遺障害等級第一四級一〇号に該当する後遺症を残して症状固定となったこと、

以上の事実が認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠に照してたやすく信用できず、他に前記認定を左右するに足る証拠はない。

3  しかして、右に認定したところによると、本件事故の態様、程度に照す限り、本件保険事故は軽微なものであり、事故に近接し、診断資料とすべき事情も明瞭と思われる初期段階での診断では、神吉医師自身原告の受傷はむしろ軽度なものと判断していたことが窺われ、他覚症状及び検査結果とされる所見についても客観性に欠け、結局原告の訴える各症状が事実であったとしても、瞬時の外圧付加により生体組織に損傷が加えられたことによるものとみるにはいささか疑問が残り、昭和五六年の事故による後遺症の影響や加齢現象も否定できないことに、原告の入院期間中における治療の実態が、むしろ夥しい検査の実施に重点があったように見受けられることや、原告が、本件保険事故による後遺障害として自賠責保険後遺障害等級第一四級該当の認定を受けている事情を併せ考察すると、本件保険事故により原告が受傷したとしても、本来入院治療は必要なかったものであり、かつ、受傷後、二か月程度の通院治療により症状固定となったものと認めるのが相当であるから(その間、生活機能が減少することは明らかである。)、右二か月を超える治療は、その必要性を欠き、本件保険事故との間に相当因果関係がないものというべきである。

四  そこで、被告らの予備的抗弁について判断する。

1  先ず、<証拠>を総合すれば、(1)本件保険契約(一)について適用のある交通事故傷害保険普通約款第一二条第一項には、「保険契約締結の当時、保険契約者、被保険者またはこれらの者の代理人が故意または重大な過失によって、保険契約申込書の記載事項について、被告大成火災に知っている事実を告げずまたは不実のことを告げたときは、被告大成火災は、この保険契約を解除することができます。」との条項があること、(2)本件保険契約(二)について適用のある団地普通保険約款第二章一般条項第三条第一項には、「保険契約締結後、この保険契約によって保険金を支払うべき損害または傷害に対して保険金を支払うべき他の保険契約を他の保険者と締結するという事実が発生した場合には、保険契約者または被保険者は、事実の発生がその責に帰すべき事由によるときはあらかじめ、責に帰すことのできない事由によるときはその発生を知った後、遅滞なく、その旨を被告日動火災に申し出て、保険証券に承認の裏書を請求しなければなりません。」との条項が、また同条第三項には、「第一項の事実がある場合には、被告日動火災は、その事実について承認裏書請求書を受領したと否とを問わず、保険契約を解除することができます。」との条項があること、(3)本件保険契約(三)について適用のある交通事故傷害保険普通保険約款第一四条第一項には、「保険契約締結の後、保険契約者または被保険者は、重複保険契約を締結するときはあらかじめ、重複保険契約があることを知ったときは遅滞なく、書面をもってその旨を被告日産火災に申し出て、保険証券に承認の裏書を請求しなければなりません。」との条項が、第一七条一項には、「被告日産火災は、第一四条に規定する重複保険契約の事実があることを知ったときは、その事実について承諾裏書請求書を受領したと否とを問わず、この保険契約を解除することができます。」との条項があること、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

2  次に、(1)原告が、昭和六一年一月二二日、自己の交通事故による傷害について被告日産火災との間に本件保険契約(三)を締結し、同月二七日、自己の交通事故による傷害について被告大成火災との間に本件保険契約(一)を締結したこと、(2)原告が、昭和六〇年一二月一七日に被告日動火災との間に本件保険契約(二)を締結したのち、あらかじめ被告日動火災に申し出ることなく、自己の交通事故による傷害につき重ねて、右(1)のとおり本件保険契約(三)、(一)をそれぞれ締結したこと、(3)原告が、昭和六一年一月二二日に被告日産火災との間に本件保険契約(三)を締結したのち、あらかじめ被告日産火災に申し出ることなく、同月二七日、自己の交通事故による傷害につき重ねて被告大成火災との間に本件保険契約(一)を締結したこと、(4)原告に対し、被告大成火災が、昭和六一年八月一四日付翌一五日到達の書面をもって本件保険契約(一)を解除する旨の意思表示をなし、被告日動火災が、同年一一月一一日付翌一二日到達の書面をもって本件保険契約(二)を解除する旨の意思表示をなし、被告日産火災が、同年八月一四日付翌一五日到達の書面をもって本件保険契約(三)を解除する意思表示をなしたこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

そして、右争いのない事実に、<証拠>によれば、原告は、被告大成火災との間に本件保険契約(一)を締結するに当り、その契約申込書中の告知事項記入欄に「他の保険契約・無」と記入し、もって被告大成火災に対し、既に日産火災との間に本件保険契約(三)を締結していることを告知しなかったことが認められる。

もっとも、原告は、その本人尋問において、被告大成火災の営業課従業員中小路から同被告の保険への加入を勧誘された際、右中小路に対し、「被告日産火災の保険に入っているので、被告大成火災の保険に加入しない。」と断ったところ、右中小路から、「それとは関係なく被告大成火災の保険に加入できる。」となおも勧誘され、前もって用意された原告の住所・氏名等必要記載事項が記入済の<証拠>に、原告が捺印して、本件保険契約(一)を締結した旨を供述し、右供述にかかる事実を前提に、原告は、被告大成火災の従業員に対して既存の他保険契約の存在を告知していることになると主張している。

しかしながら、<証拠>によれば、右<証拠>(保険契約申込書)における申込人の住所、氏名欄その他の必要記載事項は、原告が自らこれを記載したものであるところ、<証拠>の各必要記載事項欄に記載された漢字、片仮名、数字の筆跡を比較対照する限り、相互に酷似している部分がかなり多く認められるから、<証拠>も原告が自ら記載したものと認めざるをえないし、しかも、被告大成火災の営業課従業員が、真実原告の供述するような言辞を弄したとするならば、原告において、<証拠>にことさら「他の保険契約・無」と記入する必要はなかった筈であるから、これらの点に徴する限り、右原告の供述はたやすく信用できず、結局、被告大成火災の従業員に他保険契約の存在を告知した旨の原告の主張は失当というべきである。

3  ところで、傷害保険契約の締結に際し、あるいは締結後、同一の期間につき、同一の被保険者の身体の傷害を担保する他の保険契約が存在する場合、保険契約者、被保険者に対しこれを告知あるいは通知する義務を課した趣旨は、主として、重複保険の締結は、それが高額不労所得の詐取の手段に利用する等不法な利益の目的に出た場合にはもちろん、そうでないときでも、一般に保険事故招致の危険を増大させることになるから、保険者としては、かかる重複保険の成立を避けるため、他保険契約の存在を知る必要があるうえ、一般の傷害保険は定額給付方式がとられるため、保険金額の定め方が保険価額によって制限されるなどの法律上の制限がないことから、すでに十分な保険があるのに重ねて同種の契約の申込がなされるという多数の累積契約にともなう危険を防止するために他保険契約の存在を知る利益があり、また、自己の保険契約の内容の決定について他契約を参考または参酌し、あるいは、保険事故発生の場合に損害の調査等について他の保険者と共同して行う利益を確保するため、他保険契約の存在を知ることが便宜であること等にあるものと考えられる。したがって、他保険契約の存在を告知及び通知すべき義務を約款において保険契約者、被保険者に課し、その違反を理由として契約解除をなしうる旨の特約は、もとより有効というべきであるが、保険契約の附合契約性に鑑みるときは、保険契約者、被保険者に、他保険契約の存在について告知義務違反、通知義務違反があるからといって、直ちに約款の文言にしたがって保険者に保険契約の解除を認めるのは相当ではなく、保険加入者の権利が不当に害されることがないようにするため、保険契約者、被保険者が、悪意または重過失により右告知義務または通知義務に違反した場合に限り、保険者において保険契約を解除し、保険金の支払を免れることができるものと解するのが相当である。

4  そこで、以上の見地に立って本件をみるに、先ず、被告らは原告が、他保険契約の存在についての告知義務及び通知義務のあることを知っていた旨を主張するが、かかる事実を認めるに足る的確な証拠はないから、この点に関する被告らの主張は失当である。

しかしながら、前記1で認定の事実に、<証拠>を総合すれば、(1)原告が本件各保険契約を申込むに当って作成した各保険契約申込書(これらの必要記載事項欄記載が、いずれも原告自らによってなされたものであることは、前記2において認定したとおりである。)の表の面には、いずれも告知事項記入欄があり、そのひとつに、同一の被保険者について他の同様の保険契約が存在する場合にはその内容を記入するようになっており、しかも、右記入欄に事実と異なる記載をしたり、事実を記載しなかった場合には保険金を支払わないことがある旨の注意書が印刷されていて、右告知事項記入欄及び注意書の存在は、保険契約申込書を一覧すれば、容易に気が付くものであること、(2)被告大成火災では、本件保険契約(一)の締結に当り、原告に対し、同保険契約について適用のある交通事故傷害保険普通約款を添付した「交通事故傷害保険ご契約のしおり」と題する冊子を交付し、同冊子には、右保険約款を十分に読むよう注意を促す記載をしていること、(3)また、被告日動火災は、本件保険契約(二)締結後、原告に対し、団地保険の証券とともに同保険契約について適用のある団地保険普通保険約款を送付し、同約款の目次の頁には、約款を一読のうえ、保険証券と一緒に保管するよう注意を促す記載があること、(4)さらに、日産火災も、本件保険契約(三)締結後、原告に対し、保険証券とともに同保険契約について適用のある交通事故傷害保険普通保険約款を送付していること、以上の事実が認められ、これに反する原告本人の供述はたやすく信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

そして、かかる事実が認められる以上、仮に、原告が、その本人尋問において供述するように、本件各保険契約の申込書を作成する際に、前記告知事項記入欄及び注意書の存在に気が付かず、あるいは、本件各保険契約について適用のある保険約款を読まなかったために、他保険契約の存在についての告知義務及び通知義務のあることを知らなかったとしても、その知らないことについて重大な過失があり、したがって、原告は、重大な過失により、他保険契約の存在についての告知義務及び通知義務に違反したものというべきである。

そうすると、被告らがなした本件各保険契約の解除の意思表示は、いずれも有効であって、被告らは、いずれも原告が本訴で請求する保険金を支払う義務はないものというべきである。

なお、原告は、本件保険事故は、重複保険契約とは何の関係もなく発生したものであるから、被告ら主張の契約解除権は発生しない旨を主張するが、かかる見解は、道徳危険が特に重要な意味をもつ傷害保険には不適切であって、到底採用することができない。

五  結論

以上のとおりであって、原告の請求は、その余の点につき判断するまでもなくいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三浦 潤)

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